交通ルール啓発ブログ
敢えて本格実施される前に言う・・・「裁判員制度」は3年で廃止になる。
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世間はGW中の「高速道路大渋滞」のニュースで持ちきりであるが、GWが明けると今月21日から「裁判員制度」が本格始動する。去年「裁判員候補者名簿記載通知書」を受け取った人の中には、「人を裁くことができるのか」・「死刑に賛同することができるのか」との判断に逡巡することになるのではないだろうか。 憲法記念日に「裁判官制度」の意義について考えてみる。 |
それにはまず、何故「裁判員制度」が出来上がったのかを知っておかなければならない。
初めて「国民の司法参加」が打ち出されたのは、平成13年(2001年)6月12日付の「司法制度改革審議会意見書」からである。その項目を見てみよう。
統治主体・権利主体である国民は、司法の運営に主体的・有意的に参加し、プロフェッションたる法曹との豊かなコミュニケーションの場を形成・維持するように努め、国民のための司法を国民自らが実現し支えなければならない。
司法が国民的基盤を確保するためには、法曹が、国民から信頼を得ていなければならない。信頼の源は、法曹が、開かれた姿勢をもって、国民の期待に応える司法の在り方を自覚的に作り上げていくことにある。法曹は、国民に対する説明責任の重みと、国民にとってより良い司法を確立する高度の責任を自覚しつつ、進んでこれらを果たしていかなければならない。
(中略)
他方、国民は、司法の運営に主体的・有意的に参加し、プロフェッションたる法曹との豊かなコミュニケーションの場を形成・維持するように努め、司法を支えていくことが求められる。21世紀のこの国の発展を支える基盤は、究極において、統治主体・権利主体である我々国民一人ひとりの創造的な活力と自由な個性の展開、そして他者への共感に深く根ざした責任感をおいて他にないのであり、そのことは司法との関係でも妥当することを銘記すべきであろう。
(中略)
21世紀の我が国社会において、国民は、これまでの統治客体意識に伴う国家への過度の依存体質から脱却し、自らのうちに公共意識を醸成し、公共的事柄に対する能動的姿勢を強めていくことが求められている。国民主権に基づく統治構造の一翼を担う司法の分野においても、国民が、自律性と責任感を持ちつつ、広くその運用全般について、多様な形で参加することが期待される。国民が法曹とともに司法の運営に広く関与するようになれば、司法と国民との接地面が太く広くなり、司法に対する国民の理解が進み、司法ないし裁判の過程が国民に分かりやすくなる。その結果、司法の国民的基盤はより強固なものとして確立されることになる。 国民が司法に参加する場面において、法律専門家である法曹と参加する国民は、相互の信頼関係の下で、十分かつ適切なコミュニケーションをとりながら協働していくことが求められる。司法制度を支える法曹の在り方を見直し、国民の期待・信頼に応えうる法曹を育て、確保していくことが必要である。国民の側も積極的に法曹との豊かなコミュニケーションの場を形成・維持するように努め、国民のための司法を国民自らが実現し支えていくことが求められる。- 同意見書 今般の司法制度改革の基本理念と方向、国民的基盤の確立より抜粋
すなわち、「国民の司法参加」が打ち出された理由を別の視点で見れば、法曹(司法界)と国民との信頼関係に乖離があり、「法曹が国民に対して説明責任を果たし、より良い司法を確立する高度の責任を自覚しなければならない」事情があったと読み取ることができよう。では、そのような提言に至った背景とは何か?
この提言がなされる半年前の2000年12月、福岡高裁の裁判官の妻を被疑者とする「ストーカー事犯」において、捜索差押令状請求書の内容を福岡地裁書記官がコピーして同地裁事務局長が回覧した事実が発覚し、被疑者の夫である裁判官にも伝わったのではないか、との疑惑が挙がっていた。そして、疑惑報道がなされている最中の2001年1月(提言から遡ること5か月前)には、東京高裁の裁判官だった当時42歳の人物が当時14歳の少女に現金2万円の金員供与と引き換えにわいせつな行為をしたとして、警視庁蒲田警察署に逮捕されるという事件が起こる。
殊に、東京高裁裁判官に対する公判において、児童買春をするに至った理由を問われた同人は「刑事の単独審理事件を初めて担当した頃から、被告に実刑判決を宣告するときなどに緊張して息苦しくなるようになり、東京高裁に移ってからは検討すべき裁判記録の量が増え、難事件が多いように感じられて現実逃避してしまった」と述べたことが、世論において批判の的になったことを覚えている人は今なお少なからずいらっしゃることと思う。
世論が司法に対する不信感で高まっていた時期に草案作業が行われていたことを考えると、この二つの事件が「国民の司法参加」の決定に何らかの影響を与えたことは想像に難くない。地裁や高裁の下級裁判官の任命あるいは再任に際しては、最高裁判所事務総局が人選したリストを内閣に「任命」してもらうことが定められている(裁判所法40条)。小生は、責任逃れをする人物を裁判官に推薦、もしくは任命する専権を持つ者が「責任」を問われることを恐れるあまり、先の東京高裁裁判官(当時)の公判での発言を捉えて、是正すべきは裁判官の意識ではなく、余りに苛烈な裁判官の労働環境なのだとすり替えたのではないか、と考える。
裁判員制度の素案を知った際、裁判における「理」の部分に「情」を反映させるとする理念は素晴らしいが、司法試験に合格して2年間(現在は1年半)の司法修習を経た者の中から成績優秀な人材を抽出した裁判官と、法律の素養どころか六法全書を開いたことがない市民とが協同して人の罪過を判断することは、一ヶ所のサーキットにF1マシンと「ママチャリ」を一緒に走らせるもので無謀だと小生は感じていた。「裁判員法」が成立した今となっては遅いが、試案が公表された時に「市民皆参加」の制度にする前に、刑事司法に直接関わらない「弁理士」、「社会保険労務士」、「行政書士」などの法律隣接専門職の中から裁判員を選出するクッションを置くなどすれば、「一般市民」が参画した場合の問題点を解決する時間的猶予が持ち得たのではなかっただろうか。
殺人事件や交通事故(危険運転致死罪)での損傷の激しい遺体を撮影した書証、陰惨な犯行を記載した供述調書にも目を通さなければならない精神的圧迫も大きな負担となっていくことも十分に予想されるのであり、余程事件そのものに関心がある人でないと意欲が削がれることは想像に難くない。
そのことは、内閣府がおこなった世論調査にも如実に表れている。平成17年(2005年)2月の調査によれば、「裁判員制度」の認知度(制度を知っている・ある程度知っている、以下同じ)は71.5%、裁判員制度に参加することに肯定的な意見(参加したい・参加してもよい、以下同じ)は25.6%、否定的な意見(あまり参加したくない・参加したくない)は70.0%となっており、平成18年(2006年)12月の調査では、「裁判員制度」の認知度は80.7%と9.2ポイント高くなっているが、裁判員制度に参加することに肯定的な意見は20.8%で4.8ポイント下がり、否定的な意見(参加したくないが義務なら参加せざるを得ない・義務であっても参加したくない)は78.1%で8.1ポイント高くなっている。
裁判員制度の素案が公表された頃に、司法以外に生活の場を有している市民には極めて荷が重いことと併せて、法律の素養がない「素人」と刑事裁判を行うことに抵抗を感じる、との東京高裁の裁判官の論文が「判例時報」という法律雑誌に掲載されていたことがある。施行直前ということもあり、裁判官から裁判員制度に否定的な論調を見かけることは最近はなくなったが、裁判官も少なからず困惑しているのではないだろうか。
多数の一般市民も裁判官も心から望んでいない制度は、果たして恒常的な制度となり得るであろうか。上記の諸点を勘案すれば、小生は「否」との結論に落ち付いた次第である。
裁判員法(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律)の平成16年法律第63号附則には以下の条文がある。
政府は、この法律の施行後三年を経過した場合において、この法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて、裁判員の参加する刑事裁判の制度が我が国の司法制度の基盤としての役割を十全に果たすことができるよう、所要の措置を講ずるものとする。小生は以上の事情から、見直検討の時期(2012年5月)に至って、「市民と裁判官との認識の差異」や「人の善悪・生死に向かい合う精神的負担が増大」であるとして、「裁判員法」が廃止される公算が高いと予測する。「市民感覚を司法に反映させる」との理念は如何にも立派であるが、高裁・最高裁で「民意」が簡単にひっくり返るような儚い制度であるならば、司法の最高機関としての最高裁を廃止して代わりに「裁判員で構成する最高司法機関」を設け(司法行政業務は新たに「司法省」を設けて行わせる。)、1・2審で「法律判断」を尽くさせて「新制最高司法機関」で事実認定、あるいは法律判断の当否を審理して、相当でないと判断した場合は職業裁判官が構成する下級審に差し戻す権限を与えるべきであると考える。それくらいの改革をする気でないなら、「国民の司法参加」などという絵空事をお題目として唱えるべきでない。
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