交通ルール啓発ブログ
事件史探訪記 ~ 府中三億円事件・後編 ~
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1968年(昭和43年)12月10日、東京・調布で現金3億円が強奪された「三億円事件」を追う・・・ 昨日のブログでは、現金輸送車が実行犯に襲われるところまでのルートをご覧頂きました。今回は、犯行後の実行犯の逃走ルートを資料に基づいて辿ってみます。 【H22.7.31】本ページで紹介した犯人の逃走ルートは「通説と異なる」ことが判明しましたので、改訂致しました。謹んで皆様にご報告させて頂きます。 |

現金輸送車を強奪した実行犯はそのまま直進して府中街道を右折(写真1)、さらに300m北進した後に、警察病院前交差点(写真2)を右折して西元町2丁目の小路に入り込んだと推測されます。
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西元町2丁目に入った実行犯は、国分寺史跡へ向かったことが判明しています。というのは、朝からの雨で道路に溜まった泥水を疾走する現金輸送車に引っ掛けられた女性が、怒り心頭で警察にナンバーを"チクった"のです。この"クレーム"が後に逃走ルートが判明する手懸かりになります。「たかが泥水を掛けられたくらいで!」と嗤うなかれ・・・歩行者に泥水を引っ掛けたら「交通違反」が成立してしまいますのでご注意を。(泥はね運転 - 道路交通法71条) 車一台がやっと通れる狭い道が畑を抜けていく風景は、まるで当時の風景を彷彿とさせます。 |
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実行犯は、武蔵国分寺址で現金輸送車を乗り捨て、逃走用に用意していた"紺色カローラ"に乗り換えています。当時の映像では、雑草が生い茂る場所でしたが、現在は公園としての整備が進んでいて、休日の午後ということで親子がボール遊びに興じていたり、芝生で寝ている人もいました。 なお、この場所は現在では車で乗り入れることは禁じられています。 |
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実行犯は、紺色カローラで西元町から東元町へ逃走します。この周辺の生活道路も新興住宅地と異なり、区画整理なしに昔の農道を舗装しただけの道路で、本当に昭和史に残る大事件がのどかな場所で起こったのか、と疑ってしまいます。 見るからに事件当時からあった家屋の横をパトカーが通過していきました。 |

東元町4丁目の丁字路で左折しようとしていた実行犯は、左から来た車と危うく衝突しそうになります。小型車がこちら側にやって来る写真5の画像からも、対向する車同士がすれ違うのは神経を使いそうな幅の道であるのはお分かりになると思います。事件当時から写真6の「止まれ」の停止表示があったとすれば停止義務は実行犯側にあった訳ですから、乗っていた親子は余程驚いたことは想像に難くありません。親子の証言によると、この時に雷鳴があり、気象台の記録から午前9時32分頃とみられています。
実行犯は一旦バックし右にハンドルを切り、姿を消していきました。(写真7)
犯人のその後の行方は不明、逃走用カローラは4か月後に空のジュラルミンケースとともに発見されることになります。
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こんにちは。
「後編」がすでにUPされていたことに今気付きました(笑)
あえて写真を補正しない、というのも生々しくていいな、
と思いました。また他の現場なども期待しております。