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ホンダの撤退からみえたF1の暗雲
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ホンダは、今季限りでフォーミュラ・ワン(F1)から撤退すると発表した。 F1レース活動について - Honda |
| 【写真】今季限りで撤退が決まったホンダF1の2008年型マシン「RA108」 |
ホンダ、F1参戦の歴史
| コンストラクチャー | 契約レーサー | ランキング | |
| 第一期 (1964~1968) |
1965:メキシコGPで初優勝。1968:フランスGPでJ・シュレッサーが事故死。 | ||
| 1964 | 本田技術研究所 | ロニー・バックナム | 9位 |
| 1965 | 本田技術研究所 | ロニー・バックナム、リッチー・ギンサー | 6位 |
| 1966 | 本田技術研究所 | ロニー・バックナム、リッチー・ギンサー | 8位 |
| 1967 | 本田技術研究所 | ジョン・サーティス | 4位 |
| 1968 | 本田技術研究所 | ジョン・サーティス、ジョー・シュレッサー デビッド・ホッブス、ヨアキム・ボニエ |
7位 |
| 第二期 (1983~1992) |
1984:アメリカGPで第二期初優勝。1986年:コンストラクターズタイトル初獲得。1988年:16戦中15勝 | ||
| 1983 | スピリット・ホンダ | ステファン・ヨハンソン | スポット参戦 |
| ウィリアムズ・ホンダ | ジャック・ラフィー | スポット参戦 | |
| 1984 | ウィリアムズ・ホンダ | ケケ・ロズベルグ、ジャック・ラフィー | 6位 |
| 1985 | ウイリアムズ・ホンダ | ケケ・ロズベルグ、ナイジェル・マンセル | 3位 |
| 1986 | ウイリアムズ・ホンダ | ナイジェル・マンセル、ネルソン・ピケ | 1位 |
| 1987 | ウイリアムズ・ホンダ | ナイジェル・マンセル、ネルソン・ピケ | 1位 |
| ロータス・ホンダ | アイルトン・セナ、中嶋 悟 | 3位 | |
| 1988 | マクラーレン・ホンダ | アラン・プロスト、アイルトン・セナ | 1位 |
| ロータス・ホンダ | ネルソン・ピケ、中嶋 悟 | 4位 | |
| 1989 | マクラーレン・ホンダ | アラン・プロスト、アイルトン・セナ | 1位 |
| 1990 | マクラーレン・ホンダ | アイルトン・セナ、ゲルハルト・ベルガー | 1位 |
| 1991 | マクラーレン・ホンダ | アイルトン・セナ、ゲルハルト・ベルガー | 1位 |
| ティレル・ホンダ | ステファノ・モデナ、中嶋 悟 | 6位 | |
| 1992 | マクラーレン・ホンダ | アイルトン・セナ、ゲルハルト・ベルガー | 2位 |
| 第三期 (2000~2008) |
2004年:アメリカGPで佐藤琢磨が3位表彰台。2006年:ハンガリーGPで第三期唯一の優勝。 | ||
| 2000 | BAR・ホンダ | ジャック・ヴィルヌーヴ、リカルド・ゾンタ | 5位 |
| 2001 | BAR・ホンダ | ジャック・ヴィルヌーヴ、オリビエ・パニス | 6位 |
| ジョーダン・ホンダ | ハラルド・フレンツェン、ヤルノ・トゥルーリ リカルド・ゾンタ、ジャン・アレジ |
5位 | |
| 2002 | BAR・ホンダ | ジャック・ヴィルヌーヴ、オリビエ・パニス | 8位 |
| ジョーダン・ホンダ | ジャンカルロ・フィジケラ、佐藤琢磨 | 6位 | |
| 2003 | BAR・ホンダ | ジャック・ヴィルヌーヴ、ジェンソン・バトン 佐藤琢磨 |
5位 |
| 2004 | BAR・ホンダ | ジェンソン・バトン、佐藤琢磨 | 2位 |
| 2005 | BAR・ホンダ | ジェンソン・バトン、佐藤琢磨 | 6位 |
| 2006 | ホンダ レーシング | ジェイソン・バトン、ルーベンス・バリチェロ | 4位 |
| スーパーアグリ・ホンダ | 佐藤琢磨、井出有治 山本左近、フランク・モンタニー |
11位 | |
| 2007 | ホンダ レーシング | ジェイソン・バトン、ルーベンス・バリチェロ | 8位 |
| スーパーアグリ・ホンダ | 佐藤琢磨、アンソニー・デビッドソン | 9位 | |
| 2008 | ホンダ レーシング | ジェイソン・バトン、ルーベンス・バリチェロ | 9位 |
| スーパーアグリ・ホンダ | 佐藤琢磨、アンソニー・デビッドソン | 11位 | |
赤字はホンダのフルワークス(独自資本・技術提供)体制を表す。「無限」によるF1参戦はこの表に含まない。
6日の午後に突如発表されたホンダのF1撤退。
第二期(1983~1992)の通算勝利数"69"に較べ、第三期(2000~2008)の通算勝利数はわずか"1"・・・昨今の「金融不安」や「新車登録台数の減少による減益」を抜きにしても、低迷ぶりをみれば決断もいたしかたないのかも知れないが、どうしてもう少し待てなかったのか!という感が強い。
F1GP日本開催や「音速の貴公子」アイルトン・セナの存在に支えられて多くの日本企業が連ねていたスポンサーも、その後の構造不況とF1人気の低落でスポンサーの確保がままならない状況であることもあるだろう。現在のF1では1チームが1シーズンに要する費用は4~500億円にものぼる。2008年の第2四半期営業利益で27.1%の減益を出したホンダとしては、2年連続でスポンサーが付かなかったことも大きな重荷になっていたことは想像に難くない。
しかし、ホンダはフェラーリから招聘したロス・ブラウンの采配の元で「3年計画」を掲げ、トップチームに引き上げる意気込みを見せていたはずだ。かつて低迷していたフェラーリを常勝チームまで立て直した手腕を見せずして幕を閉じるのはなんとも残念である。
ただでさえ、FIA会長マックス・R・モズレーが上海GPの開催中に2010年から2012年の3シーズンを同一仕様のエンジンとトランスミッションを使用する構想を打ち出し、10月17日にはサプライヤーを選定する入札の開始を発表してコンストラクターやドライバーと反目している最中であり、フェラーリは統一エンジンで行うことが明らかになれば撤退することもあり得ることを示唆している。モズレーといえば、世界的にはナチスドイツの拷問を模したSMプレイに興じている姿を公表されたことで知られることになったが、元々はFIA運営に剛腕を用いて様々なレギュレーションを打ち出したら、前年のチャンピオンチームがF1から撤退してしまったという、いわくつきの人物。FIAの強権(私利私欲?)が続けばホンダの後に続くコンストラクターが出てきてもおかしくない。来年のF1はフェラーリvsマクラーレン・メルセデス、マッサvsハミルトンのタイトル争いの他に、表舞台から消えるのはどのコンストラクターか、モズレーは会長の座から追われるのか・・・も注目されるだろう。
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